還れますよ、土にね

いろいろ手を出すがいろいろダメなアノ人種です。

うまいんだよなぁ・・・困ったことに

 

いのちの食べ方ってドキュメントを見てみた。

開始早々のヒヨコのところでアウト・・・

 

ちょっと前にみた「おくりびと」と重なってすごく、キマった。

 

別に動物愛護団体じゃないから命をいじめるな~とは思わないし、自分だって釣りとかするから命を奪ってるわけだけど、あのヒヨコたちがモノとして扱われていて、だいぶキて、小屋に敷き詰められているトリたちで・・・

 

もう完全に「製品」として扱われているわけで、そのために育てられているから雑に扱うわけで、野生の(あるいは放流された)魚を楽しみ半分で採っている私がそのことについて何かを言うことが許されるはずなくて、逆に私の方が悪いことをしている気になってくる。いや実際そうなのだろうと思っている。

 

頭ではわかってるけど、この心はどこへ行けばいいだろうって頭の中でグルグルしている。

この思考エネルギーだってああいう風に「作られた」肉を喰らってできているんだって思うとまたグルグルして・・・どうしようもない。

 

こんなことを一々書いていることがムダだし、気にしないってのが一番楽で簡単なのはわかっているけどできない。

 

「俺はこんな肉食わんぞ」といま思っても、来週にはグラム百数十円のアノ肉を喰らって生きていると思う。

この時代に生まれたら、アノ肉を食わなきゃ生きれないなんて、すごい世の中だよねホント。

 

だからって「人間滅んじゃえ」なんて言うほど子供をやってられる年齢じゃない。

老熟した人に様に、「うまいんだよなぁ困ったことに」とつぶやきながらおいしく召し上がるのが今から出来ることなんじゃないかと思うんだ。

 

それにこんなこと書いたくせに来月には絶対釣りに行ってる。釣りが好きだから。

当たり前だと思わずに、また、悲しいと思わずに、おいしく困りながら食べていくしかないんだよなあ。

 

なんか最近、全然釣れないから、悔しいなぁ、釣れないなあとしか考えてなかったけど、釣りっていうのは命を奪うゲームであるから、そして向こうも文字通り命がけな訳だから、もっと真剣に楽しんで、真剣に命を奪いに行かなければならないんだよね。

そして釣れたらおいしく戴く。こういう思考で釣りをしていかなければなあ。

 

たぶん結構な数の釣り人はこんなことあまり考えずに、釣れってると思うし、そっちの方がコストがかからないんだけど、私の釣り方は違う。

命を奪い合いをしているんだって考え方をもっと大事にしていかなければならないな。

 

釣れなかったのも、ドキュメントと映画を観たのも、こういう思考に至る過程だったのだろうと思うことにする。

そういう思考だからって釣れる様になるわけないし、逆に釣れる数が減りそうだけど、この気持ちは大事にしようと思う。

こっちも真剣に戦ってやる。そしておいしく食べてやる。